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大工の棟梁だった祖父との思い出


早いもので、私は「建築」という仕事に携わって19年が過ぎました。

もともと祖父が大工の棟梁から始めた会社で、実家には住み込みの弟子が、同居しており、
父も弟子の1人でした。
若い頃の祖父 大工棟梁 富塚友吉 職人たちと現場で若い頃の父 前列右側 富塚博昭 弟子たちとの旅行 記念写真

地鎮祭 神主と祖父友吉 上棟

私の幼い頃はどちらかというとやんちゃ坊主でしたが、よく小学生の頃に、祖父と取っ組み合いの
ケンカをした記憶があります。

たぶん私が弟を泣かせたとか、なんか悪いことをしたとかで、怒られていたと、思うのですが、
私も一応孫ですから、孫相手に本気でかかってくるなよ(笑)と、今では思います。
晩年の祖父 お酒が好きだった祖父 子供時代の私 一番左が私 右が弟

祖父は昔気質の職人だったため、気性も荒かったようです。

しかし、祖父の時代から父と私まで、三代にわたってお世話になっているお客様がいるのですが、
「あなたのじいちゃんはとてもすばらしい方でしたよ。」と、ほめられたことがあります。

昔の「大工」というのは、物知りでなにか困ったときは相談されていたようです。

そのお客様も90歳を超えるご高齢の方ですが、すごく多趣味な方で水彩画や俳句、
または自費出版で書籍も出されている方です。

このような方から、祖父をほめられると私としても、とてもうれしく誇りに思いました。

今ではその祖父に体型から、性格からお前が一番そっくりだと言われています。(笑)


建設現場との出会い〜そして建物づくりへの情熱

私は高校卒業後、東京の建築専門学校へ通わせてもらい、建設会社に就職し現場監督になりました。

現場監督の仕事というのは、工程に合わせ、その道その道のプロの職人さんたちと、打合せをして行き、
何も無い地面から基礎工事を行い、1階、2階、3階、・・・と順番に建物の形を作っていき、
外装や内装を仕上げていく仕事です。

仕事を進めていく中で、様々な業種の方々といい建物を建てる経過の中で、いろいろな問題が出てきます。

まずは天候に左右される工事の段階では、天気予報とのにらめっこから、現場の規模に対して、
職人さんの数が足りないとか、業者間の仕事をスムーズにするための調整など。

職人さんたちが、実際に仕事をするための施工図というものもあり、仕事は深夜にまで及ぶのは、当たり前でした。

また、ときには意見と意見のぶつかりあいです。

お互いの立場や、使命感による意見の対立により、時には取っ組み合いのケンカになる場面も、
何度あったことでしょうか。

でもひとたび打ち解けると、なんて気持ちの良い人が多いのでしょう。

お金だけじゃない、自分たちの仕事に対するプライドがあるのです。

毎日汗水たらして働いていただける職人さんがいるからこそ、立派な建物が建つのです。

建築という建物をつくる仕事に魅力を感じ、大変ですがとてもやりがいのある仕事でした。

ひとつの建物を最初から最後まで責任を持って完成させることは、並大抵のものではありません。

大なり小なりみなすべて、お客様にとっては財産なのです。


新たな旅立ち〜挫折

そんな私が山形へ戻ってくるきっかけになったのは、節目に当る10年目で初めて父から
「山形に帰ってきて、家業をついでもらえないか。」と言われたことでした。
私の両親 若い頃の父 職人たちと作業場でお酒を飲んでいる

それで31歳になる歳に、家族とともに戻ってきたのですが、また新たなスタートです。

「よし、10年間貴重な経験をたくさんさせていただいた。俺はなんでもできるぞ!これからは、
これまでの経験を活かして、地元山形でがんばろう。」と、喜び勇んで戻ってまいりました。

しかし建築という建物をつくるプロではありますが、こと経営の分野ではまったくの素人です。

サラリーマン時代は営業マンが受注してきた工事を、現場サイドでしっかりこなし、
お客様に喜んでもらえる建物をつくることが使命でした。

ところが、会社の大なり小なりは別として、これからは仕事を生み出していかなければなりません。

それまでは、独立ということに若い頃から興味はあったものの、10年間サラリーマンをしてきたわけですから、
物事のとらえ方がちがうのです。

そのとき、初めて将来に対する不安が押し寄せてきました。

と同時に、これまで会社を維持してきた、父への尊敬の気持ちと、祖父から父へ受け継がれて来た歴史と、
受け継いでいく私の使命に押しつぶされそうになったことが、何度あったことでしょう。


俺にはいったいなにができるのだろう・・・

「よし!これから俺は山形という地域で、どのような住宅をお客様に提供していけばいいのだろうか?
どのような家が喜んでいただけるのだろうか?」とまた心を新たに再スタートです。

しかし、そんなに簡単に答えは見つかりませんでした。

悩みながら、迷いながら1年、2年と月日が流れました。

なかなか見つからず、「俺は建築という仕事には合わないんじゃないのだろうか?」と本当に悩みの連続でした。

あまりにも様々な住宅が世の中に存在していることに、「これからは高級住宅じゃなく、安くないと売れないんだ。」という、かたよった思い込みで、ローコスト住宅を手掛けようとしたこともあります。

もちろん小さい会社でも、コスト削減の企業努力は必要です。

業者さんやメーカーさんの言いなりの価格では、お客様へお出しできる金額に納得できませんから、
まずはコストの調査からはじめました。

しかし、いざコスト削減の宿題をクリアしても、どのような住宅を提供していけばいいのだろうか、
という答えはみつかりません。

それといざ動くとなると、ただ安い住宅も建てたくない。

ポッとでの住宅会社ではなく、むかしからの地域密着の工務店としてのプライドがあります。

ただプライドだけで商売できるほど、甘い世の中ではありません。

私はこれからこの山形で、どんなお家をお客様に提供できるのだろう、どうすれば喜ばれるのだろうと、
考えながらきました。


家づくりを通じて地域に貢献したい

色々な試行錯誤や経験を経て、山形へ帰省してちょうど9年が経ちました。

ようやく私どもの住まいにおける、基本的な考えがまとまったのです。

それは、室内の良質な空気環境の改善・土地(磁場)環境の改善・良質な断熱材の選択により
正しい施工住環境を充実することが、これからの時代に一番重要であると考え、
平成19年4月に新屋号であります、「空気と大地 恵みの家」をスタートさせていただいております。

                                          空気と大地 恵みの家
                                              

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